ミニ盆栽の魅力|盆栽歴50年以上の父が育てる、小さな鉢の世界
私の父は、50年以上盆栽を続けています。
実家には昔からたくさんの盆栽があり、 私にとっては「特別な趣味」というより、 子どもの頃から当たり前のように身近にある風景でした。
大きく立派な盆栽もいいのですが、 最近あらためて目に留まるのが小さな「ミニ盆栽」。
小さな木や草、苔、石。 ひとつひとつを見ていると、 小さなスペースの中にひとつの景色がつくられているように見えます。
鞍馬石に仕立てた、小さな景色
今回まず紹介したいのが、この小さな盆栽です。
ベースになっているのは、 京都の「鞍馬石(くらまいし)」。
鞍馬石は京都・鞍馬地方で産出する石で、 京都を代表する銘石「加茂七石」のひとつ。 庭園では沓脱石や飛石などにも使われてきた石で、 長い年月を経て表面に現れる錆色も特徴なのだそうです。
この鞍馬石に合わせているのが、 北海道のアサギリソウと、 ウルシ科の植物です。
ごつごつとした石の表情と、 アサギリソウのやわらかな葉、 そして小さな木。
産地も種類も違う素材なのに、 ひとつに合わせると、 まるで自然の風景を小さく切り取ったように見えます。
小さなスペースの中に、石と植物でひとつの景色をつくる。
植物だけを見るのではなく、 石や苔、全体のバランスまで含めて眺めると、 ミニ盆栽のおもしろさが少し分かるような気がします。
盆栽歴50年以上の父
父が盆栽を始めてから、もう50年以上になります。
私が物心ついた頃には、 すでに家にはたくさんの盆栽がありました。
季節によって置き場所を変えたり、 水をやったり、枝を整えたり。
子どもの頃はそれほど気にしていませんでしたが、 大人になってから見ると、 ひとつの趣味を50年以上続けていること自体がすごい と思うようになりました。
何十年も育てているものもあれば、 小さな鉢や石に仕立てたものもあります。
気がつけば、こんなにたくさん
改めて写真に撮ってみると、 「こんなにあったんだ」と驚くほどの数。
大きさも、樹形も、鉢もさまざまです。
長い時間をかけて少しずつ増えてきたものだからこそ、 一鉢一鉢に違った表情があります。
季節によって芽が出たり、 花が咲いたり、 葉が落ちたり。
同じ場所に置いてあっても、 一年を通して少しずつ姿が変わっていきます。
盆栽だけでなく、石も好き
父は盆栽だけでなく、 昔から大の鉱物好きでもあります。
石そのものを見るのも好きなので、 盆栽に使われている石について聞いてみると、 名前や産地など、いろいろな話が出てきます。
今回の鞍馬石もそうでした。
私は最初、植物の方に目がいっていたのですが、 「この石は何?」と聞いたところから、 鞍馬石という名前を知りました。
父にとっては、 盆栽に添える石も単なる土台ではなく、 石そのものの表情を楽しむための大切な素材 なのかもしれません。
そう考えてもう一度眺めると、 植物と石の組み合わせ方まで気になってきます。
これまで何気なく見ていた父の盆栽ですが、 一鉢ずつ聞いていくと、 まだまだ知らない話がたくさんありそうです。
盆栽だけでなく、鉢もおもしろい
そして、父の盆栽を見ていると、 木や石だけではなく鉢を見るのも意外とおもしろいことに気づきます。
色や形、大きさもさまざま。
市販の鉢だけではなく、 中には手作りの鉢もいくつか混ざっています。
少しいびつだったり、 形がきれいに揃っていなかったり。
でも、盆栽と合わせてみると、 そんな不揃いな感じが逆に似合っていたりします。
「この鉢、不細工だね」と言ったら
そんな手作りの鉢を眺めていたときのこと。
ひとつ、なんとも不格好な鉢がありました。
私は何も考えず父に、 「この鉢、不細工だね」 と言いました。
すると父から一言。
「底を見てみろ」
言われるまま鉢をひっくり返して、 底を見てみると……
そこには私の名前がありました。
どうやら、その不細工な鉢を作ったのは 私自身だったようです。
作った本人はすっかり忘れているのに、 父はその鉢を捨てずに、 ずっと盆栽の鉢として使っていました。
自分で作った鉢に向かって 「不細工だね」と言っていたわけで、 底の名前を見た瞬間はさすがに笑ってしまいました。
でも、あとになって考えると、 ちょっといい話でもあります。
父が50年以上続けてきた盆栽の中には、 木や石、鉢だけではなく、 こんな家族の思い出まで一緒に残っていました。
長い時間をかけて楽しむもの
盆栽は、買って完成するものではありません。
少しずつ枝が伸び、 芽が出て、 季節ごとに姿を変えていきます。
長く育てていれば、 鉢を替えたり、 形を整えたりすることもあります。
そして、その間には人の暮らしも変わっていきます。
昔、自分が作ったことさえ忘れていた鉢が、 何年も経って父の盆栽と一緒に残っていたように、 盆栽には時間そのものが積み重なっていくのかもしれません。
暮らしの中にある盆栽
私にとって盆栽は、 美術館や展示会で見る特別なものではなく、 ずっと実家にあるものです。
父が水をやっている姿も、 鉢がたくさん並んでいる景色も、 昔からほとんど変わりません。
だからこそ、あらためて写真に撮ってみると、 今まで気づかなかった面白さが見えてきます。
木の形、草、苔、石、鉢。
ひとつひとつは小さなものですが、 組み合わせることで、 そこにひとつの景色が生まれます。
デザインやインテリアを見るのと同じように、 盆栽も形や余白、素材の組み合わせを楽しむもの として見ると、また違った魅力があります。
まとめ|小さな盆栽の中に、時間と思い出が残っている
盆栽歴50年以上の父が育てている、たくさんの盆栽。
子どもの頃から見慣れていたものですが、 大人になった今あらためて眺めてみると、 その面白さが少し分かるようになってきました。
鞍馬石に植物を合わせて小さな景色をつくったもの。 何十年も育ててきたもの。 そして、私自身が作ったことさえ忘れていた手作りの鉢。
ひとつひとつを見ていくと、 そこには植物だけではなく、 父が盆栽を続けてきた長い時間があります。
そして鉱物好きの父だからこそ、 木だけでなく石にもこだわり、 それぞれを組み合わせながら楽しんできたのだと思います。
何十年も植物を育て続けるということは、 植物の成長だけではなく、 その間の暮らしや家族の記憶も一緒に残していくことなのかもしれません。
小さな鉢の中にあるのは、 小さな木だけではありません。
そこに使われている石や鉢、 そして流れてきた時間まで含めて、 盆栽のおもしろさなのだと思います。
